「NANOG 88」は、2023年6月12日から14日(米国時間)にかけて、シアトルで開催されたイベントです。ウェビナーでは、米国駐在員の日商エレクトロニクスUSA・門馬が、NANOG 88に参加し、そのサマリー講演を行いました。
イベント概要
NANOGは通信事業者向けのイベントで、North America Network Operator’s Gropの略称です。ホストは持ち回りで、今回はAmazon(AWS)がホストしました。参加者は971名で、ネットワークの運用担当者や設計担当者が含まれます。日本からはNTTとJPIXがスポンサーとして参加しました。講演はネットワークの運用に関するものが多く、技術的な内容が中心でした。
全体を通しての気づき
当イベントに参加して気づきとなった点は、以下の3点です。
- トラフィックの増加。AWSは超高帯域なバックボーンを構築
トラフィックの持続的な増加に対応するために、AWSは超高帯域なバックボーンネットワークを構築しました。このバックボーンネットワークは、NFLの配信サービスに対応するだけでなく、自社開発の機器を使用してパフォーマンスを向上させ、運用性とサービスの柔軟性も向上させました。 - エッジコンピューティングを囲むサービスは続々と登場
CDN(コンテンツデリバリネットワーク)事業者に焦点を当てたディスカッションが行われました。CDNは、コンテンツを迅速にユーザーに届けるために、キャッシュをユーザーの近くに配置するサービスです。現在、CDNサービスは多数存在しており、地域密着型のTier3データセンタ事業者や既存の通信事業者が自社ネットワークにキャッシュサービスを組み込む傾向が見られます。 - インターネットの運用、企業ネットワークの設計に関する課題
設計については、MLBが、設計についての正当性を確認する検証プログラムの開発について取り組みを紹介しています。運用については、ウクライナの戦時中のインターネット運用に関する事例を紹介します。さらに、通信事業者が注目する新しいプロトコルであるRPKIの実装については現状導入率が20%弱であり、いまだ実装が進んでいない状況です。
注目セッション
特に興味深かったセッションについて5つピックアップをします。
1. 自社開発ネットワーク機器による超高帯域なバックボーンを開発(AWS社)
現在、AWSは31のリージョンにデータセンターを展開し、コンピューティング、ネットワーク、ストレージなどのサービスを提供しています。AWSは450以上のCDNを保有し、1桁ミリ秒の遅延要件を満たす25以上のサービスを展開しています。バックボーンのリンクでは、多くのデータセンターやキャリアで100ギガリンクが使用されていますが、AWSでは主に400ギガリンクを利用しています。また、AWSは自社でネットワーク機器を開発しており、高帯域のネットワークを構築する必要性の一つとして、動画配信が挙げられます。AWSは他の通信事業者と協力して、プライムビデオでアメリカンフットボールの配信を行っており、大容量の通信が必要になりました。さらに、コロナの影響で急激に増加したサービスの需要にも対応するため、AWSはこのようなインフラを整備していました。
運用面では、設定作業、変更作業、監視、修復などのプロセスはすべて自動化されており、故障時にもエンジニアの負荷を最小限に抑える取り組みが行われています。特に、ルーター製品のファブリック化は障害時の負荷軽減だけでなく、ユーザー接続においても柔軟に適切な基盤を提供できるようになっています。
2. 運用状態の検証と構成管理は切り離されている(Major League Baseball)
講演者は、ネットワーク自動化には構成管理ツールだけでなく「運用状態の管理」も重要だと指摘しました。講演者は、MLB球場のネットワーク設計をチェックするミッションを担当しており、約9,000項目の確認が必要と判明しました。彼はソフトウェア開発におけるコンパイラようなツールでネットワーク設計の正当性を判断することに挑戦しています。
3. 戦時中のウクライナのインターネット(RIPE Network Coordination Centre)
ロシア軍による破壊行為が続き、インフラが破壊されましたが、通信事業は予想に反してパニックに陥りませんでした。一部の接続が喪失しましたが、ノードは迅速に復旧しました。停電により約50%のインターネットが停止しましたが、電力が復旧すると速やかに回復しました。インターネットインフラの弾力性が高かったため、大惨事は免れました。一方、ロシアのサイバー攻撃はDDoS攻撃以外にも多岐にわたる攻撃が仕掛けられました。
4. CDNサービスの現状(Kentik社)
ルーメンやタタなど、古くからのCDN企業は信頼性の高いグローバルサービスを提供しています。一方、Cloud FlareやFastlyなどの新世代CDNは、コンテンツの種類に応じた最適化されたサービスを提供しています。また、GAFAMも自社サービスに最適化したCDNに投資しています。これらのCDNが重なり合う状況が生まれており、地域ごとには異なる事情も存在します。運用者には複数のCDNを使う複雑さがあり、CDN事業者にはトラフィック増加に伴うネットワーク機器の増強が求められています。小規模なロケーション増設も試みられていますが、管理上の課題も浮上しています。
5. RPKIプロトコルを使いましょう!(American Registry for Internet Numbers)
通信事業者はBGPプロトコルを使い、信頼性に基づいて経路情報を交換します。しかし、悪用の可能性もあり、認証機能がないため、RPKIを用いた認証方式が推奨されています。RPKIは人為的ミスや悪意を減らし、広範な経路情報の交換が可能です。しかし、賛同者は全体の20%程度であり、登録の簡易化やアピールが行われていますが、実装にはリソースが必要であり、強制力もなく、機能拡張も頻繁に起こるため、落ち着くまで待つ意見もあります。
展示会場の様子
1. 特設ブース
NANOGではほとんどブースがありませんでした。ランチ会場やセッション会場にわずか2つか3つのブースがあるだけでした。一部のブースは時間制限で設置されていました。大手企業のスポンサーは専用の部屋を確保し、商談を行う形式を取っていました。時間貸しの会議室もあり、参加者はオンラインで予約することができましたが、ほとんど使用されていませんでした。(スポンサーの特典で無料で利用している人もいたようです。)
2. ネットワーキング
NANOGは、ネットワーキング要素が強いイベントです。セッションの合間には多くの参加者がロビーに集まり、情報交換に熱心に取り組んでいました。2日目の懇親会は「Beer n Gear」と名付けられ、多くのスポンサーがブースを展開していました。
ハッカソンは、参加者がチームを組み、メンターの指導のもとで開発やバグ修正などを行う教育的な取り組みです。今回のテーマは「真実の情報源との対話」であり、IPAMやデータベース、RPKIなどの技術的要素が含まれていました。
エッジコンピューティング スタートアップ
NANOG88では、ピッチコンテストのようなものはありませんでした。今回は、通信事業者業界の中で特に注目をされているエッジコンピューティングに関して、独断と偏見で10社スタートアップを紹介します。
1社目:StackPath (最新型エッジデータセンター)
仮想マシンやコンテナの配備、CDN機能、セキュリティなどが含まれ、73カ所の物理データセンターでユーザーアプリを実装できます。すべてソフトウェアで実装され、迅速にデプロイが可能です。独自の画像処理技術で動画を高速配信し、端末に最適化されたコンテンツを自動配信します。
2社目:DC BLOX (高い事業継続性を担保)
米国南東部で分散型データセンターサービスを提供しています。高帯域化を強化し、ローカルエリアでの高速通信を提供します。また、複数のクラウドプロバイダーへのプライベート接続も可能です。サービス展開の迅速化とクラウドバックアップの最適化を実現します。災害リスクのある地域でのインフラ提供と災害復旧計画支援も提供しています。
3社目:Macrometa(グローバル データ ネットワーク)
グローバルデータメッシュでは、データの低遅延なやりとりを実現します。GDN(Global Data Network)はCDNとは異なり、マイクロサービスなどの動的なコンピューティングに特化しています。さらに、個人情報を保持する場合はデータの分離やトークン化などの保護策も提供します。
4社目:Edjx(分散型サーバレス開発基盤)
サーバーレスのデータセンターサービスを提供し、サーバーに依存せずにIoTやM2Mアプリ、セキュリティ機能の開発が可能です。また、低遅延を実現するメッシュネットワークを使用しており、開発プラットフォームとしてだけでなく、コンテンツ配信やストレージ、データベース、コンピューティングリソースとしても利用可能です。
5社目:SiMa.ai(MLシステム構築の効率化)
チップに簡単にコンピュータービジョンを組み込むことができます。機械学習アクセラレータとニューラルネットワーク構築機能を備え、コンピュータビジョンプロセッサやビデオエンコーダなども内蔵しています。電力効率が高く、パフォーマンスは従来のチップの10倍です。ドローン、産業用ロボット、自動運転車、医療機器などに応用可能です。
6社目:Kneron(AIコンピューティングを搭載したチップ)
AIコンピューティングをチップに組み込めます。スマートホームやロボットなどのデバイスに使用可能で、エネルギー効率はIntelの2倍、画像認識ではGoogleの4倍の効率性があります。高性能なデータ計算処理と高速なディープラーニングをサポートし、トヨタの先進運転支援システムにも採用されています。
7社目:Zededa(エッジを一元的に強化)
エッジデバイスのデータフローを監視するソフトウェアです。ベアメタルで実装可能で、あらゆる環境に導入可能です。データの可視化と異常通信の可視化、エッジデバイスの通信制御も可能です。米国の某エネルギー企業では風力タービンのパフォーマンス分析/管理に活用しています。
8社目:Edge Impulse(エッジ向け機械学習プラットフォーム)
エッジデバイスのインテリジェント化に特化したソフトウェアを提供しています。機械学習機能をエッジデバイスと連携させ、データの管理と展開を簡単にします。センサーデータの分析や最適な機械学習モデル構築を実現し、工場、安全確認、健康管理、スマートホームなど多岐にわたる活用が可能です。
9社目:Latent AI(エッジ向けに最適化された安全なMLOps)
エッジ上のAIは、メモリと電力を最適化することで効果を発揮します。Latent AIは、最適なランタイムを導き出し、エッジ上のAIシステムを制御します。従来のAIモデルの精度を保ちつつ、MLシステムのサイズを1/10に縮小し、結果の精度を3倍向上させます。
10社目:Nstream(ストリーミングデータアプリケーション向けのプラットフォーム)
オープンソースのストリーミングデータアプリのためのプラットフォームです。数千のデータソースから生成される連続的なデータを収集し、相関付けます。これにより、リアルタイムで状態変化に応じて自動アクションを実行できます。交通システムのリアルタイム分析やコネクテッドカーなどにも適用可能です。
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