ITシステムや通信事業者のネットワークは複雑化の一途をたどっています。複数のベンダーネットワーク機器、複数のOSのバージョン、数々のセキュリティ専用機器、複数クラウドの利用、6GやAIなどの新技術など、その要因は枚挙に暇がない状況です。
こうしたITシステムやネットワークが今後シンプルになることはないでしょう。つまり、運用担当者が目指すべきゴールは、複雑なシステムとうまく付き合う環境を手に入れることなのです。
それを実現する道としてもっとも現実的なのは、運用ツールの導入です。しかしその種類は多岐にわたり、結果的に企業のIT チームが利用するツールの数は20以上にのぼると言われています。こうした状況は社内コミュニケーションや生産性の観点から理想的とは言えません。
そこで知っておきたいのが、 最適な運用ツールにたどり着くための大まかな分類とトレンドです。本記事ではまず分類としてAIOpsとAIネットワーキングについて解説したうえで、注目のスタートアップ10社を紹介します。ITやネットワークの運用負荷を解決したい企業の皆さまはぜひ最後までお読みください。
運用担当者の負荷を劇的に軽減するAIOpsとAIネットワーキング
AIOpsは、AIによる運用(Operations)ワークフローの広範な自動化・合理化を指す言葉で、2017年にGartnerによって定義されました。一方、AIネットワーキングは、ネットワークに特化しセキュリティの洞察を含むもので、2023年5月にGartnerから発表された比較的新しい概念です。
AIOpsは大量のデータを効率よく処理
AIOpsをメイン機能とするツールは、各種機器やアプリから生成される大量のログを効率よく処理します。そのプロセスは以下のとおりです。
- ツールがログやイベント情報を受け取る。この際、機器から直接データを受け取る場合もあれば、チケッティングなどを行ういわゆるITSM製品を介する場合もある
- 受け取った大量のデータの重複を排除し、ノイズを除去
- 正規化、相関分析、グループ化などの処理を施し、問題の根本原因を洗い出す
- 特定した問題の影響度を判断して優先順位をつける
- 担当者に自動で通知
- 特定の種類のアラートに対する処理ルールが決まっている場合は、自動化プログラムを適用して対応。手動での対応が必要な場合でも、過去の類似ケースの表示を行う製品もある
- 同じ問題が再度起こる場合に備えて、自動処理をプログラム。対応履歴の保存や、運用手順書の作成ができる場合もある
最新は、生成AIの技術によってパターン識別、根本原因の分析、担当者への報告書の生成を行う製品も登場しています。
AIネットワーキングはより専門的な解析が可能
AIネットワーキングは、AIOpsよりもネットワークの部分にフォーカスしたツールです。ネットワークを通してつながる重要なシステムから多種多様なデータを取得してより専門的な解析を行えるため、AIOpsよりも運用を効率化できる点が注目されています。
AIネットワーキングの機能の特徴は、以下の6つに分類できると考えられます。
- トポロジマップの作成:ネットワーク構成図の作成と更新を実行
- パス解析:A地点からB地点へのパスをホップバイホップで表示
- シミュレーション:設定または構成を変える際の、経路の変更やネットワーク全体に与える影響を予測
- 設定変更管理:過去の設定変更履歴を表示
- パフォーマンス分析:ネットワークのなかでパフォーマンスダウンの原因部分を分析
- 脆弱性の確認:重大な脆弱性に関連するデバイスの所在を確認
AIOpsとAIネットワーキング関連の注目スタートアップ10社
ここからは注目スタートアップのサービスを通してトレンドをつかんでいきましょう。取り上げるツールは、AIOpsが4つ、MSP(マネージドサービスプロバイダ)向けダッシュボードが2つ、デジタルツインが1つ、ネットワーク可視化が1つ、自動化が1つです。
PagerDuty
AIOpsソフトウェアの決定版と言うべき存在です。利用企業にはニューヨーク証券取引所、Zoom、FOX、Netflixなどが名を連ね、無償版も含めると現在29,000社が利用しています。
製品の特徴は、障害の検知から報告書の作成まで一連のプロセスを実行できる点です。自動化機能も充実し、検知からトリアージ、担当者のアサインなどの自動化が可能です。最新の機能には、生成AIを利用した分析やログの精査、報告書の作成支援などがあります。
2022年には日本法人も設立され、日本国内でも数十社が導入しています。
BigPanda
BigPandaは、ニューヨーク証券取引所やPayPal、IHG、アラスカ航空などの大企業に利用されるAIOpsツールです。UI/UXに優れ、簡単な設定、少ないメンテナンス頻度、既存のシステムからのスムーズな移行をサポートしています。
また、多次元アラート相関を提供しているのも特徴です。トポロジ、変更データなど、さまざまなソースからデータを取り込んで正規化する技術に優れ、一見分離されたアラートも同じインシデントの一部かどうかを高度に識別します。
さらにAIによる分析力も見逃せません。生成AIにコンテキストを学習させることで根本原因を自動で特定できるほか、担当者にその概要を文章にまとめて通知することも可能です。それだけでなく、アウトプットの根拠となるデータの閲覧も簡単です。
Opsramp
マルチベンダーに完全対応し、現在2,500社以上の製品との統合が可能なAIOps製品です。Arista、Broadcom、Cisco、F5 Networks、HPE、Juniper、Palo Alto、SonicWallなどのネットワーク製品と連携し、ITSMを介することなく直接データを受け取ることができます。
同社は2023年にHPEに買収され、現在はHPEが展開するハイブリッドクラウド環境のGreenlakeとの連携プロジェクトが進行中です。連携が実現すればオンプレミスでもOpsRampのツールを導入できるため、情報を外部に出したくない企業にとっては期待の製品となるでしょう。
セレクターAI
2023年に200%以上の成長を達成した勢いのあるスタートアップです。大企業のIT運用チーム、通信事業者、メディア、金融機関、小売など幅広い業界で導入されています。
製品の特徴は、従来のログの正規表現に加え、自動的にその時々に応じた動的なアラート閾値を細かく設定できる点です。また、最先端の機械学習によりログパターンを自動的に識別し、精度の高いインサイトをリアルタイムで提供します。
その他、生成AIを活用したCopilot機能でインシデントの要約を行うほか、自動修復や問題解決方法のリコメンデーションなどの機能も備えています。
Ninja One
Ninja OneはMSP向けに、ITの資産管理やセキュリティの監視などの統合管理ツールを提供しています。主な機能はリモート監視(RMM)とエンドポイントの可視化です。
RMM機能では、PC、サーバー、ネットワーク機器などの監視を行えるほか、必要に応じてパッチの適用やアプリのインストール、メンテナンスの自動化を統合的に実行できます。一方、エンドポイント関連では、ハードウェア・ソフトウェアを含めたインベントリの管理、可視化、制御が可能です。さらにクラウドベースで提供されるエージェントを介して、各種パッチやソフトウェアをデバイスに自動で適用できるため、多数のアプリをまたいで適用可能な1つのスクリプトパッケージのカスタム作成も簡単です。
現在、日産やミズノなど企業のIT部門とマネージドサービスプロバイダーを中心に導入されています。
Auvik Networks
ネットワーク機器の可視化を提供する企業が、SaaS管理、リモートデバイス監視、Wi-Fi監視の3社を買収して生まれた、エンドツーエンドのITインフラ管理ツールです。MSPや大企業のIT部門を中心に6,300社以上に導入され、約100万台のネットワークデバイスと300万個のSaaSアプリを管理しています。
製品の特徴は、リアルタイムで自動更新されるネットワークマップを作成できる点です。マルチベンダーに対応しており、1つのツールでトポロジやシステム構成、各機器の状況(情報収集はシスログレベル)を俯瞰的に可視化するほか、簡易的なパフォーマンス分析の実行も可能です。また、トラブル時には問題個所をすばやく特定するほか、インベントリ管理、運用手順書などの文書管理機能も搭載しています。
NetBrain
NetBrainは、ネットワークのデジタルツインを作成する製品です。
その特徴は、CLI、SNMP、API を介してネットワークの情報を収集し、マルチベンダーサポートのわかりやすいネットワークマップを作成する点です。設定や構成を変えるとマップもリアルタイムで変更されるうえ、マップから経路の健全性、パフォーマンス、接続性を確認することも簡単です。
また充実したワークフロー機能を使えば、担当者はマップを参照しながらノーコードで自動化のプロセスを作成できるため、運用工数を削減できます。さらに最近の実装では、脆弱性の情報をマップ上にオーバーラップさせ、ネットワーク内のセキュリティ評価の機能を強化しました。
特に複雑なハイブリッド・ネットワークを持つ大企業に多く利用されており、導入者数は2,500社を超えています。
kentik
kentikはネットワーク可視化市場をけん引する製品として、大手ハイテク企業や通信事業者の間ではよく知られた存在です。マルチクラウドやオンプレミスでさまざまなテレメトリデータを収集してネットワークを可視化するほか、フローデータの収集からDDoS攻撃の検知サービスも提供しています。
2024年1月にはAI機能を拡充し、監視やトラブルシューティングにおける根本原因の分析、使用方法に関するCopilotのような機能も提供し始めました。
prosimo
prosimoは、クラウド間の接続を提供するNaaS(Network-as-a-Service)を提供しています。特に強みはセキュリティ機能で、2024年6月にはPalo Alto Networksと戦略的パートナーシップを締結しました。主に複雑なマルチクラウド環境を持つ大企業に利用されており、オリンパス、楽天、Vodafoneなどさまざまな業界での導入実績があります。
運用の部分で注目したいのは、クラウド間の通信をエンドツーエンドで可視化し、パス分析やパフォーマンス分析を行う機能です。2024年の2月には、自然言語を用いた障害時の根本原因分析や、予測アラートの発信、推奨設定の確認を可能にするNeburaというアドオンを発表しました。企業が作るLLM環境は複雑でクラウドをまたぐケースが多いなか、これらの機能は通信の可視化に役立ちます。
itential
itentialはローコードベースのマルチベンダー自動化プラットフォームとして、ネットワーク構成の変更、OSのアップグレード、コンプライアンスチェックなどの自動化機能を提供しています。製品はPythonやAnsible Playbookなどすべての主要言語に対応しているため、ライブラリを集中管理しスクリプトの拡散を防ぐことが可能です。また利用時の認証や承認プロセスの確立、監査用の利用ログの蓄積にも対応しています。
新サービスの市場投入までの時間短縮に取り組む企業に利用されています。
まとめ
ネットワークが複雑化する現在、効率的な運用を実現する手段の1つがAIOpsです。今回挙げた注目スタートアップからは、現在のトレンドはマルチベンダーやハイブリッドクラウドへの対応、そして生成AIの適用にあると見えてきました。
一方、ネットワークに特化した運用効率化ツール群がAIネットワーキングです。このなかにはトポロジマップの作成、パフォーマンス分析、設計における変更管理などの条件を満たすものが分類されますが、注目すべきは上で紹介したようなMSPソフトウェアやデジタルツイン、ネットワーク可視化の拡張のアプローチです。今後はこれらと自動化製品の連携にも期待できそうです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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