今後、爆発的な普及が予想されるIoT(Internet of Things)。調査会社によって数値はまちまちですが、おおよそ2015年から2020年の5年間でIoTデバイスの数は5倍の250億台程度になると予想されています。多くの大企業がIoTに取り組んでおり、ここシリコンバレーでは驚くほど多くのIoT関連のスタートアップが誕生しています。
ところで、IoTと聞くとスマートウォッチなどのウェアラブル端末、スマートハウス、コネクティッドカーなどのプロダクトを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。AppleやSonyがスマートウォッチを開発していますし、Googleに32億ドルという破格の金額で買収されたスマートホームデバイスのNestなど、注目すべきプロダクトがたくさん出てきています。
また、KickstarterやIndiegogoなどのクラウドファンディングサイトでは、驚くほど多様なIoTデバイスが次々と登場しています。これらの製品の競争はますます激しくなっていくでしょう。
しかし、多くの人は気がついていませんが、プロダクト間の競争だけでなく、IoTのプラットフォームの覇権をめぐる激しい企業間競争が繰り広げられています。IoTのトレンドや、社会に与える本当のインパクトを理解するには、プロダクトをウォッチするだけでは不十分で、プラットフォームにも注目する必要があります。なぜなら、プラットフォームから、今後どのようなサービスが登場するのかを予測することができるからです。
そこで、今回は注目すべきIoTのプラットフォームについてご紹介します。
なお今回の記事は、Nissho Electronics USAの新田が、同じく米国ベイエリアに拠点を置くbtraxとの連携プロジェクトとして志賀祐一さんと共同で執筆しました。
IoTプラットフォームの概略
IoTを考えるとき、1台だけがインターネットにつながるだけではあまり効果はありません。2015年8月3日に掲載した「デジタルワールド」となる未来に向かって「破壊的イノベーション」をに記載した通り、膨大な数のIoTデバイスから得られたデータを蓄積、解析し、他のデバイスやITシステムと連携することで大きな効果を得ることができます。
このため、以下のような流れでIoTの活用を考える必要があります。
ステップ1. IoTデバイスを様々なところに取り付ける
ステップ2. IoTデバイスからネットワークを通じてデータを収集し、蓄積する。
ステップ3. 蓄積したデータを解析する
ステップ4. 他のデバイス、システム、サービスと連携する
いち企業がこれらのすべてを自前で用意することは、技術的にも、コストの問題でも現実的ではありません。そこで、市場で提供されるプラットフォームを必要に応じて使うことになります。
プラットフォームにおいては、後から乗り換えることが難しいことを考えると、テクノロジーや市場が成熟していない今の段階から市場シェアを獲得することが重要です。例えば、スマートフォンのプラットフォーム・OSの争いでも、Android、iOSのシェアを今から奪うことはほぼ不可能に近くなっています。IoTも同様で、一度シェアを獲得すると、他者の参入が難しくなります。
このため、Apple、Google、Amazonなどを始めとする大企業はもちろん、多くのスタートアップがプラットフォームの開発を進めています。その中心が、ここシリコンバレーです。本記事では次のカテゴリに分けて、注目のプラットフォームをご紹介します。
分類1. IoTデバイス開発向けプラットフォーム
分類2. データ収集と蓄積向けプラットフォーム
分類3. データ解析向けプラットフォーム
分類4. 他システムとの連携
分類5. 統括的なプラットフォーム
分類1. IoTデバイス開発向けプラットフォーム
まず、IoTデバイスを作るときのプラットフォームです。IoTデバイスはコンパクトかつ低価格である必要性から、CPUやメモリなどの処理能力を抑える反面、高い電池の持続時間が求められます。このような要求を満たすために、汎用品でありながらも、IoTデバイスに最適化されたOSを含めたソフトウェア、通信チップ、CPUなどを利用する必要があります。
◆プラットフォーム例
EconaisEconaisは、WiFiモジュールと、制御用のソフトウェアを提供しています。小型、低消費電力であること、他のプログラム、アプリケーションとすぐに連携できるといった特徴があります。他にも、開発用キットやサンプルコードが用意されていて開発の効率が高いことや、ファームウェアをインターネット経由でアップデートできるといった特徴があり、IoTデバイスの開発・運用時のコストと時間を削減できます。スマートホーム、産業向け、ウェアラブルデバイスなど、様々な分野で利用することができます。
IoTデバイス用のマイクロコントローラと、WiFiやモバイル回線用の通信モジュール、ソフトウェアをキットとして提供しています。開発用キットを使えばIoTデバイスのプロトタイプを簡単に作ることができることはもちろん、プロダクト向けの大量生産にスケールアップすることができることが最大の特徴です。すでに、スマートライトのArioなどのプロダクトに使われています。ファームウェアも含めたソフトウェアがオープンソースとして公開されているだけでなく、ハードウェアの設計情報も公開しており、オープンハードウェアの思想を強く打ち出しています。
分類2. データ収集と蓄積向けプラットフォーム
IoTを活用する際には、センサーから収集した、様々な形式の膨大なデータをネットワークを通して安全に収集し、解析するために保存しなければなりません。そのためのネットワークとサーバ・ストレージ環境を個々の企業が構築・メンテナンスするのは、投資コストのみならず運用負荷も考慮すると現実的ではありません。そのため、Webサイトやアプリ以上に、本分野においてはプラットフォームの活用が有効になると考えられます。
◆プラットフォーム例
IoT向けのストレージとサーバを提供するプラットフォームです。Ayla Networksは自社のプラットフォームを使うことで、開発速度を2倍に、開発コストを半額にできると述べています。高いセキュリティとスケーラビリティを備えており、家電や照明、ドアなどをスマートフォンなどで制御するスマートハウスや、工場の生産効率を計る産業向けIoTなど、様々なIoTの開発に利用できます。また、すぐにプロトタイプが開発できるように、開発用のシングルボードコンピュータと、スマートフォンアプリ、ソースコードをキットとして提供しています。
2014年に設立されたIoTのセキュリティに関する企業のパイオニアです。WiFi、ZigBee、Bluetooth、BLEなどを用いた通信の監視を行うサービスを提供しています。セキュリティ技術に関する領域において著名な投資家から出資を受けており、注目を浴びています。時折、大企業による情報流出がニュースになりますがセキュリティ対策は大きな常に大きな問題となってきました。IoTでも同様にセキュリティは重要です。IoTデバイスの爆発的な普及に伴い、IoTのセキュリティ関連市場も大きく成長すると見込まれています。
分類3. データ解析向けプラットフォーム
膨大なセンサデータを蓄積した後には、それらを解析して有用な結果を得る必要があります。このとき重要になるのがデータを解析する「速さ」です。例えば、火災報知器は、熱や煙のセンサーで火災を感知してアラームを鳴らしますが、センサーの情報から火災であることを判断するまでに時間がかかってしまうと意味がありません。同様に、IoTから得られたセンサデータから短時間、理想を言えばリアルタイムで利用価値のある情報を生み出すことで大きな効果が得られます。しかし、膨大なデータをリアルタイムに処理する高性能のインフラと、優れたアルゴリズムの構築を自社で開発することには限界があり、プラットフォームに頼るメリットが大きい分野です。
◆プラットフォーム例
SeeControl (AutoDeskが買収)
IoTから得たビックデータを解析するための企業向けのプラットフォームです。プログラミング作業が不要で、ドラッグ&ドロップの直感的操作でデバイス間のデータのやり取りや解析を行うことが最大の売りとなっています。今後、あらゆる場面でIoTが活用されていくにつれて、エンジニア以外でもデータの解析を行いたいというシーンは増えていくでしょう。また、APIを提供しており、外部のサービスやツールとの連携も可能です。すでに、世界を代表する電力・オートメーションの技術を有するABB社や、世界的なコンピュータメーカのHP社などの大企業を顧客として抱えています。
ParStream (2015年10月26日にCiscoが買収)
工場など、産業向けのIoTデバイスから高速に、大量に生み出されるセンサーデータの解析サービスをクラウド上で提供します。独自のインデックス技術を採用した列指向データベースや並列アーキテクチャを採用しており、データを高速で処理することができます。その速度は、数十億のデータを1秒以下で処理できるほど高速です。高速処理が可能であることから、IoTデバイスから集まった大量のデータから、短時間で役立つデータを生成することができます。記事執筆中の2015年10月26日にCiscoに買収されました。
分類4. 他システムとの連携
他のシステム、サービス連携することで、可能性が大きく広がります。しかし、IoTデバイスだけ考えても、様々なOSや通信方式で動作しており、さらに他のシステムと連携させるには困難が伴います。そこで、それらの連携をスムーズに行うためのプラットフォームが提供されています。
◆プラットフォーム例
IFTTTは2010年にサービスを開始した、「TwitterでスターをつけたらEvernoteに保存する」などのようにWebサービス間の連携をプログラミング不要で簡単に行えるサービスです。IoTデバイスの登場より、「日没になったらライトをつける」、「天気が晴れなら水を芝に与える」というように、IoTとWebサービス、IoTとモバイルアプリ、IoTデバイス同士を連携させることができるようになりました。今後、IoTデバイスの種類が増えるにつれ、IFTTTはさらに活用されていくでしょう。
モバイルアプリの開発に必要なサーバへのデータ保存、データ取得などの汎用的な機能をクラウドから提供するmBaaS(Mobile Backend as a Service)のサービスです。ここ数年で市場が大きく成長しています。Facebookに買収されたParseなどの、他の先行しているmBaaSサービスとの最大の違いは、リアルタイム通信が可能であることです。IoTデバイス同士や、IoTとWebサービス、IoTとモバイルアプリ間でデータをリアルタイムでやり取りしたい時に、PubNubを使えば自分でサーバやデータベースなどのインフラを構築したり、サーバサイドのプログラムを書くことなく簡単に実装することができます。
分類5. 統括的なプラットフォーム
ステップ1からステップ4までを包括的にサポートするプラットフォームも存在します。工場向け、スマートホーム向けなどと、業種に特化するものが多いのも特徴です。
◆プラットフォーム例
クラウドサービスの代名詞となっているAWS(Amazon Web Services)が2015年10月に発表したIoTプラットフォームです。IoTデバイス向けのSDKが提供されており、IoTデバイスをAWSに簡単に接続することができます。そして、AWS内の様々なサービスを使って大量のデータを処理できます。IoTデバイスから得られたデータに基づいた処理を行うルールエンジンという仕組みがあり、IoTのデバイスのデータをきっかけに、様々な処理を行ったり、他のシステムと連携させることができます。
コネクティッドホーム(スマートホーム)のプロダクトを開発するためのプラットフォームです。スマートホームとは、照明やテレビ、ドアなどを、スマートフォンやインターネット上から操作することができたり、侵入者を検知して利用者をモバイル端末に伝えたり、家庭内の消費電力を管理できるというような、インターネットに接続された家のことです。Zonoffは、IoTデバイスのソフトウェア、IoTデバイスの管理やデータの解析を行うクラウドのソフトウェア、IoTデバイスをコントロールするWebサービスやモバイルアプリのソフトウェアなど、スマートホームに必要なソフトウェアを包括的に提供しています。
まとめ
AWSの大規模カンファレンスre:Invent 2015でのAWS IoTの発表が大きな話題となりましたが、IoTのプラットフォームを巡る争いは何年も前から始まっており、ますます激しくなってきています。この記事を執筆中にもParStream がCiscoに買収されたり、それぞれのプラットフォームで新たな機能が加わったり、市場での勢力図が変わったりという変化がありました。
IoTのトレンドを正しく理解するためには、プラットフォームの理解が欠かせません。プラットフォームのトレンドを理解できるようになれば、次にどのようなIoTデバイス(サービス)が出てくるのか、より予測がしやすくなります。そして、言うまでもなく、IoTのプラットフォームが最も生まれている場所は、ここシリコンバレーです。
Nissho Electronics USAは本記事で紹介をしたようなトレンドを把握した上で、 様々な観点からシリコンバレーで調査を行い、日商エレクトロニクスと連携し、お客様に対し最適な提案をしています。お問い合わせフォームより、どうぞお気軽にお問い合わせください。